ブランド価値は店舗体験でどこまで伝わるか― 京都で3つの国内ジュエリーブランドを訪れて考えたこと

ラグジュアリーブランドについて調べていると、「ブランドストーリー」「歴史」「クラフツマンシップ」「品質」といった言葉をよく目にする。

しかし、それらは企業のWebサイトや広告の中に存在しているだけで、本当に顧客に伝わっているのだろうか。

ブランドが掲げる価値と、実際に顧客が感じるブランド体験との間には、どのくらい距離があるのか。

そんなことを考えながら、仕事終わりに京都の3つのジュエリーブランドを訪れてみた。

訪れたのは、俄(NIWAKA)本店、TASAKI京都高島屋店、MIKIMOTO京都高島屋店

同じ「日本発のジュエリーブランド」というカテゴリーでありながら、店頭で受け取った印象は驚くほど異なっていた。

「日本の美意識」を五感で感じた、俄

3店舗の中で、ブランドの独自性を最も強く感じたのが俄だった。

印象に残ったのは、まずジュエリーにつけられた名前だ。

「せせらぎ」のように、日本の自然や情景、美意識を想起させる名前がジュエリーにつけられている。

単に商品を識別するための名称ではなく、一つひとつの名前に意味や祈りが込められているという。

ジュエリーそのものだけを見るのではなく、名前を知ることで、その背景にある情景まで想像する。

そこには日本らしい美意識を感じた。

そして、店内に入ったときに感じたのがお香の香りだった。

スタッフの方に話を伺うと、ジュエリーを購入する瞬間は、結婚など人生の節目になることが多い。だからこそ、その特別な時間を香りとともに記憶してほしい、という思いもあるのだという。

これはとても印象的だった。

商品だけではない。

ジュエリーのデザイン、名前、空間、香り、そして接客。

それぞれが独立しているのではなく、すべてが同じ世界観を伝えている。

スタッフの方からも、京都らしい柔らかさと落ち着きを感じた。

俄では「日本的なラグジュアリー」という抽象的なブランド価値が、店舗に入った瞬間から五感を通じて体験できるよう設計されているように感じた。

真珠を「今」に見せるTASAKI

次に訪れたTASAKIでは、俄とはまったく違う印象を受けた。

まず印象的だったのが、スタッフの方。

若く、スタイリッシュで、まるでモデルのような洗練された雰囲気だった。

ジュエリーにも同じ印象を持った。

日本を代表する宝石の一つともいえる真珠を扱いながら、その見せ方は伝統的というより、現代的でファッショナブル

「日本の真珠」という伝統的な素材を、現代の感覚で再解釈しているように感じた。

そこから私が受け取ったTASAKIの印象は、

「伝統を守る」よりも「伝統を更新する」。

そんな先進性だった。

MIKIMOTOとの違いについて尋ねると、品質基準の違いについてのお話もあった。

もちろん品質はラグジュアリーにとって重要だ。

しかし、このあとMIKIMOTOを訪れたことで、別のことを考えるようになった。

「歴史」と「正統性」を感じたMIKIMOTO

最後に訪れたMIKIMOTOでは、TASAKIから一転して、空気がガラリと変わった。

私が感じたのは、老舗としての歴史や正統性だった。

接客してくださったのは落ち着いた年齢の女性で、立ち居振る舞いにも重厚感がある。

TASAKIの若くスタイリッシュな空気とは対照的で、MIKIMOTOには「長い歴史を持つジュエラー」という雰囲気が漂っていた。

同時に、私自身は少し敷居の高さも感じた。

TASAKIとの違いについて尋ねてみると、TASAKIについては詳しくないとの前置きがありながらも、MIKIMOTOの強みとして高品質であることを説明してくださった。

ここで一つ疑問が生まれた。

ラグジュアリーにおいて「高品質」は、ブランドの独自性になり得るのだろうか。

高品質の「その先」に何があるのか

今回3店舗を訪れて、最も考えさせられたのがここだった。

もちろん、ジュエリーにとって品質は極めて重要だ。

しかしラグジュアリーブランドという文脈で考えると、一定以上の品質を持っていることは、顧客からすればある意味「前提」でもある。

だとすれば、ブランドをブランドたらしめるものは、その先にあるのではないだろうか。

なぜ、このブランドなのか。

なぜ、同じ真珠でもこのブランドから買いたいのか。

なぜ、そのジュエリーに高い価格を支払うのか。

その答えは、商品のスペックだけでは説明できない。

今回、私がブランドの独自性を最も明確に感じられたのは俄だった。

それは必ずしも「どのブランドのジュエリーが優れているか」という意味ではない。

ブランドが大切にしている価値が、顧客である私に最も伝わってきたのが俄だったということだ。


店員さんも「ブランド」なのではないか

そして今回、もう一つ大きな発見があった。

それは、店頭に立つ人そのものがブランドを構成しているということ。

俄の柔らかく落ち着いた接客。

TASAKIの若くスタイリッシュな接客。

MIKIMOTOの重厚で正統派な接客。

偶然、その日に担当してくださった個人の違いである可能性はもちろんある。

それでも、一人の顧客として3店舗を続けて訪れると、その違いは驚くほど鮮明だった。

広告のビジュアルや店舗設計は、企業が細かくコントロールできる。

しかし、実際に顧客と会話するのは「人」だ。

話す速度、声のトーン、表情、姿勢、言葉の選び方、距離感。

そうした一つひとつが、顧客にとってはブランド体験になる。

つまりブランド戦略とは、ロゴや広告、商品をデザインすることだけではない。

「誰が、どのように顧客と接するのか」まで含めてブランドなのではないか。

ブランド戦略は「顧客が感じたもの」で完成する

今回の店舗訪問を通じて感じたのは、企業側がどれほど美しいブランドストーリーを設計しても、それだけではブランドは完成しないということだった。

ブランドサイトに書かれている理念。

商品のデザイン。

店舗空間。

香り。

スタッフの服装や佇まい。

そして、顧客との会話。

それらが一つにつながったとき、初めてブランドの価値が「情報」ではなく体験として顧客に届く。

だからこそ、ブランド戦略を考えるときには、

「私たちは何を伝えたいか」だけではなく、「顧客は店を出たとき、何を感じているか」まで考える必要があるのではないか。

今回、京都の3店舗を訪れて、そのことを強く感じた。

そしてこれは、日本発のラグジュアリーブランドを考えていくうえでも、これからもっと掘り下げてみたいテーマだ。

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